日々日常

結婚記念日だったので仕事の帰りに川口緑化センターに寄り、切り花を買ってきた。
カラーはその場を支配し雰囲気を変える特徴的な香りがする。 いい香りだ。 ピーターバラカンが「花の香り」を「A hint of calla」と訳した歌を思い出す。それはカッコイイ訳だと思う。

花卉が無いので広口瓶の蓋を取ってそこに活けた。

前住んでいたところで通っていたガススタンドは、セルフなんだけど店員さんは甲斐甲斐しく働き、色々サービスをしてくれる所だった。

何年前だったろうか、その日は、 若い店員さんが手に測定器を携えてやって来た。 バッテリーの電圧を計ってくれるという。
どうせ給油中は時間が有るし、なんだか急に電圧も気になり始めたので、見てもらう事にした。

ボンネットを開けて測定器を繋ぐと、結果はすぐに出た。電圧は極度に低下していて、バッテリーはすぐに交換が必要なほどに弱っているらしい。

ふいに告げられたその告知には衝撃を受けた。
その機械は小型のプリンターが付いていてセロテープ位の幅の紙に結果を印刷して出してくるのだけれど、その紙に丸と線と点で描かれたプリミティブな顔が悲しく泣いているマークも印刷されていたのを印象的に覚えている。

それは大変だと急いでバッテリーの充電器を買い、一晩充電を行った。
それでもう大丈夫だろうと安心していたら次の給油時、同じガススタンドで例の機械を繋ぐと、 充電前と比べて改善は僅かばかりで電圧はとても低く、 バッテリーは要交換と出た。

これはおかしい。私は、このバッテリーはちょっと前に充電をした旨を伝えた。店員さんの意見は、バッテリー自体が弱っているのではないかとの事だった。

実は、これには自分にも思い当たる節が有った。そのバッテリーは2年ほど前にホームセンターで買って交換したものなのだけど、軽自動車ならこれでいっかと言う感じで一番安い外国製の物を選んでいたのだった。

やっぱ安物は寿命も短いなぁと思ったので、今度はちゃんとユアサのそこそこ良いものを買ってきて、取り換えた。

さて、また給油の日がやって来た。
同じガススタンドで給油していると、またバッテリーの電圧を計ってくれた。多分同じ機械だ。計ってくれた人も同じだったかもしれない。

測定値も同じだった。


日々日常

 健康食品は美味しくない。これは真理だ。
なぜそうなのか? これは想像だけど、健康食品を好む人は、修業が好きだからだと思う。健康食品が好きな人は多分、修行によって何か得難いものを獲得する事を夢見るという感性を持っている人達なのだ。そういう人たちにとって、美味しくないものを我慢して食べる事は将来の喜びと希望に到達するための自己否定的な厳しい修行なのだろうと思う。

 自分は子供の頃一の時期、人生のうちでは極一瞬なのだけど、オートミールを食べていたことがある。家の方針による健康志向の為だ。しかしミルクで煮たそれの味は壮絶で、筆舌に尽くしがたい。チューブ入りヤマト朔を食べた方がまだマシと思えるほどだった。

 という歴史が有った為、私はオートミールは嫌っていた。しかしそれが最近、結構な頻度でオートミールを食べている。なぜ食べるようになったかは自分でもよく分からない。多分近所のスーパーでそれを安く売っていたからだと思う。安かった!に負けた。自分でも本当にポリシーの無い生き方だなと思う。

 で、どうやって食べているかと言うと、ただ丼にオートミールを入れて上から熱湯を注いでいるだけだ。簡単な食べ方だけど、この方が鍋で煮るよりボソボソとした食感が残り、かえって食べやすい。
美味しく食べるコツは、とにかく味を付ける事で、塩でも塩昆布でもイカの塩辛でも梅干しでも良いからとにかく塩辛くする事だ。
さらに、ここにインスタントのコンソメのもとやお茶漬けのもとを入れるとジャンクな味になって、ファミリーレストラン風の味になる。この味は子供や、子供っぽい味覚のまま大人になった人には受けるだろうと思う

 でも私は何故か、こういう濃い味付けをして食べてると妙な事に少し罪悪感を覚える。厳しい修行に耐えきらなくて脱落した感覚だ。
しかし、この退廃した感覚がまた、料理に一味加えているとも思う。退廃は享楽なのだ。(お茶漬けのもとの何か料理かと言うのはこの際気にしない)