豊田に行って侘び寂びを感じよう

上の写真は、京王線の長沼駅の近くから浅川を渡る長沼橋。浅川は大きな川ではないけれど、その割に河川敷の幅が広く、橋も結構長い。車の通りに加え徒歩で渡る人も多く、近所の人にとって生活に無くてはならない橋になっているようだ。

この橋の面白い所は歩道の部分が本物のレンガで舗装されている事で、歩くとカタカタと音がする。昔日野にレンガ工場が有った事に因んでの事かもしれない。この歩道に立って、浅川と湯殿川の合流地点方向に日が沈んでゆく様子を見ていると、何とも寂しい気分になる。

豊田のとなりの八王子は複数線の乗換駅で歴史感のある駅周辺の町の大きさも言わずもがな、また反対隣りの日野も、駅前はロータリーから続く道に店が有ったりと開けている。それに対し豊田駅は、線路の途中に作りましたといった感じがするし、そこから広がる町も独特の雰囲気がある。巨大な操車場が有り、道路は工事中で細い道に入るとあちこち行き止まり。無理して進んでゆくと広大な畑の向こうに富士山が見える。

百草園

先日、奥さんと百草園に行ってきた。

11/6の時点では庭園の銀杏はまだ葉に緑色が残り、紅葉はこれからといった所だった。しかし今年は台風が来なかった事も有り、木々の葉っぱは多く残っている。

百草園はこじんまりとした庭園だが多摩丘陵の高低差がいい。頂上に登ると辺りを見晴らせ、昔から現代といったタイムスリップ感が味わえる。そして、庭園と言ってもざっくばらんにテーブルやベンチが置かれていて、気楽にお弁当でも食べられそうな雰囲気がいい。

昔の個人的な話だけど、私の祖父がまだ生きていた頃、ウチに逗留していた彼がある日百草園に行くと言った。小学生だった私は、そこはどんなに楽しい所なのだろうと考え、是非ついて行きたいと一生懸命せがんだのだけど、家族からは百草園は子供の行くところではないと言われて断られ、凄く残念に思った記憶が有る。

つまらない思いをして祖父の帰りを待ち、夕方に帰ってきた彼にねえ百草園どうだった、と聞いてみたら、いやぁ大したことなかった、と言っていたのが印象に残った。なので当時の自分の心には、百草園は京王線がわざわざ駅を作った程には大したことが無い場所という観念が出来てしまった。

まあ今考えると、色々なところに遊びに行っている祖父にしてみれば造りも手入れも地味なこの庭園は、特に印象的というほどの場所でもなかったのだろうと思う。でも、自分が当時の彼の年齢に近づいた今、改めて行って見るとその肩ひじ張らない親しみやすさはたまに来たくなるラブリーな印象だ。ま確かに小学生が喜ぶ所でも無いと思うけど。

高尾山

遠足の撮影の下見という事で、久しぶりに高尾山に登った。久しぶりと言っても最後に登ったのは自分が小学生の時つまり40年近く前の事で、知っている場所だと思っていた所が来てみたら何もかもすっかり忘れていて軽いショックを受けた。

ここへ来た目的は撮影予定である保育園の遠足についてその下見なので、登りはルートの計画通りケーブルカーを使わず一号路を登る。一号路は頂上までの全ての道がこの写真の様に舗装されており、普通の運動靴でも上ることが出来る。何と言っても保育園児が上る道だ。

とは言え標高599.15m有り、しかもケーブルカー横を登るこの道は結構傾斜があって、やっぱり息が切れた。なので頂上に着いた時はちょっと嬉しかった。

頂上には登山届を入れるポストが有った。自分がやっと登ってきたここは登山者にとっては単なる登山道への入り口だったのだと知り、強いショックを受けた。

サンサンロードは人でいっぱい

昨日久々に奥さんと出かけてきた。

写真のこここ、立川駅からIKEA立川店に行く途中の、以前はヤギが草を食べていた所に出来たサンサンロード。
店が並び立つ地上部から奥まって続く階段を登ると空中庭園が造られた二階デッキに行くことが出来る。二階には階段状の川が流れていて、大勢の子供たちが入って遊んでいた。

作られた統一感とソリッド感を全面に押し出した空間構成は20世紀末のテクノミュージックが似合いそうなカッコよさだったけど、近くにある窓に大きくカラフルに印刷された文字を掲げて看板代わりにしている職安のビルのダサさも20世紀末っぽくて心が休まる。

たましん美術館はクーラーが効いて涼しかった。