ふと考えた事

ふと考えた事

生協のチラシはボリュームがあり出来がとても立派なもので、載せられている物も普段見ないお惣菜等とかお菓子とかが沢山乗せられていて、有るとついついじっくり読んでしまう。

何故広告を読むのが楽しいのか? それは多分、見る事によって欲しくなる事を知っているからだ。つまり欲望がモリモリ沸いてこれ欲しいこれ食べたぁい、という状態になる事そのものが楽しいのだと思う。
言い換えると、欲しいから買う。ではなくて こういうのは、欲しい状態になりたい。という所から始まっているような気がする。

関係ないけど娘が左手に持っているのは食べたバナナの皮。捨てるのも忘れて広告に見入っている。

ふと考えた事

今一部ネット上で、富士フィルムの新型カメラX100Vのプロモーションビデオが非難されている。それはストリートスナップのPVで、それを切っ掛けとして街で人を撮る事の是非が問われている。
これは、写真を撮る方の身としては気になる話題だ。

色々挙げられた意見の中に「公共の場所に出て来ている以上、人目にされされる事は承知のはずだ。目で見られる事と写真を撮られる事の間に何の差があるのか。見て良いのなら撮っても良いはずだ」という意見があった。

私もこの場合では基本、見ることと撮る事にあんまり差は無いと思う。そこはいい。しかし思うのは、公共の場ってあんまり人の事を見つめる場所ではないのではないか? という事。公共の場にいる人がそれだけで衆目に晒される事に同意しているとは思えないし、自分の場合は実際自分の姿をあんまり人に見られたくない。

何で人に見られたくないかと言えば、何となく後ろめたいと言うか、生きているだけで人から非難されるような感じがするからで、見られると調べられている、撮られると証拠を取られている、会話すると言質を取られている、という感じがしてしまうから。(別に悪い事している訳じゃないのだけど)

アップロードした写真は記事とは全く関係なく、久しぶりに電車に乗ったら窓の風景が良かった、という写真。

ふと考えた事

図書館で借りて来た本「翻訳できない 世界の言葉」は面白い本だった。 ある言語において一言で言い表されているある種の事象や概念をイラストと共に紹介する本だ。 世界の言葉が色々紹介されていて面白い。日本語からも何語か紹介されている。

その中で「木々の葉のすきまから射す日の光」と言う状況を一言で表す語が紹介されていたのだけど、そこのページのイラストでは光の形が六角形に描かれていた。この六角形ってカメラのレンズに付いている絞りの形だよなぁ、多分。

ふと考えた事

 ビデオの編集をしていてたまに困るのが、音と映像が半フレームズレる事。
ウチでは音声と映像は別に撮っているのだけど、あとで合わせる時、時たまそうなる。

音と映像がぴったり1フレームズレている時はそのままピコっと直せばいいだけなので問題は無いのだけど、半フレームズレている時にはソフトウェアの都合上そうはいかなくて、半フレーム映像が先行するか、それとも音が映像より先に鳴るか、どちらかしか選べない

因みに1フレームがどのくらいの長さかと言うと、(今使っている規格では)約1/30秒だ。一見すると短い時間に感じるけれど、実のところ1フレームでピアノの鍵盤上にあった指が押下されるのは見て取れ、2フレーム音と映像がズレると素人目にもズレが分かってしまう。その位の長さは有る。

 じゃあ音と映像どちらが先行する方が自然に見えるのだろう?
これが試してみると、音声先行だと、なんか知らないけれど映像が遅くなって見える。しかし逆に、映像が少し先行しても同時感は 比較的保たれるように見える。

理由は分からない。
個人的意見として、視覚と聴覚では、脳が認識の為の処理に要する時間が異なるからななのではないかと思う。
つまり、視覚と聴覚は別の時間にそれぞれ認識が完了するのだけど、それが頭の中で統合される際に偽りの同時性が付与されるのではないか、なんて考える。

言葉を足すと、視覚の処理班と聴覚の処理班が頭の中にいてそれぞれに処理をしている。そして、それぞれ1/30秒だけ待っているその間に相手の処理が終わって信号がやってきたらそれを脳の中の偉い人が「同時」と判断するのではないか? そして聴覚の処理は視覚の処理より常に1/60秒早く処理が終わっているのではないか? と言う事だ。

上記はあくまで個人の考えなので、あまり本気にはしないで欲しい。

ふと考えた事,

写真のジャムは業務スーパー(という名前のお店)で売っているブルガリア産のあんずジャム。大きい瓶なので食べでが有る。味はロットにより若干異なるが問題なく美味しい。

所で、これふと見たら蓋に「2020.09.10 12:30」と書いてあった。日付は消費期限だと分かる。しかし時刻まで書いてあるのは謎だ。

サンドウィッチとかそういった今日中に食べないといけないものについては、消費期限に時刻が表示されている意味は分かる。でもこれは1年以上持つ瓶詰のジャムだ。それが何だって時間、しかも少なくとも30分単位の時間まで細かくリミットを伝えて来るのだろう?

この日の12時30分より前と後とで、何かが決定的に変わるのだろうか?だとすると、どの国の時刻での事だろう?

ふと考えた事

 この間車のタイヤを替えにオートバックスに行ったら、待合室のTVで箱根駅伝を放送していた。うちの奥さんはそれを随分気に入ったらしく、画面を熱心に見ていて、ピット作業終了後に今度はラジオで聞き始めるほどだった。
 あれはTV番組としてショウアップされているから見るのだろうか? それとも、河原で一人走っているお爺さんとかでも応援したくなるのだろうか? 多分後者だと思う。走っている人って応援したくなる。
私は前自転車で坂を上っていたら、そこで犬を散歩させていたおばさんに「ほれ、がんばれっ!」て応援された事がある。それは結構長い坂で、彼女は向こうの方からずっと見てくれていたらしい。思わず「ありがとうございます!」とか返事をしたけど、自分は恐らく凄い形相で上ってきたのだろう。思い出すだけで恥ずかしい。