
何だったか黒澤明の時代劇で、主人公がヤクザの本拠地に出かけて行き、出て来たチンピラに対して「刀で切られると痛えぞ」と述べる場面が有る。
これは新鮮な描写だと思った。というのも、その当時TVで放送されていたチャンバラ劇では大抵、イイ者に切られた悪者は皆割と綺麗に死んでしまうものだったからだ。(一応苦しみの演技は見せるけど)
実際、刃物で怪我をすると痛い。私もこのあいだ、玉ねぎを切ろうとして手を切ってしまった。ナイフの先端を玉ねぎの根の部分に刺す代わりに手に刺してしまったのだ。
非常に痛かったがそれは家族には言えなかった。というのも、
「あなたにはそのやり方は危ないから止めなさい。シェフでもないのに何かっこつけてんだか」と奥さんに再三言われていたから。
それにしても随分沢山血が出た。
ごく小さな傷口であるにもかかわらず、刺したところが悪かったのかそれとも傷が深かったのか、傷口を見ると心臓の鼓動に呼応してピューピューと血が湧き出して来る。これにはとても困ったし我ながら情けないとも思った。
とは言え、その実興奮していたし面白い状況だとも思った。
昔坂本龍一がラジオで、映画でスティーブマックイーンがピンチになりバイクで鉄条網を突破する場面を見てカッコイイと思い自分も真似して自転車に乗り鉄条網に突っ込んだら血だらけになった、みたいな事を話していたが、その時の彼も同じ気分だったかもしれない。
ネットを調べるとこういう時の対処法が出て来る。曰く、10分抑えていれば血は止まる。どんなに血が出ていても2時間くらい圧迫していれば大丈夫etc。なるほどネットというのはありがたいものだ、なんて思ったけど、でも言われる通りにしてみてもどれもダメだった。
一日経ってもまだポタポタと鼻血並みに血が出るので、さすがに不安になり病院に行った。そうしたら医者からは「縫っても良いが、包丁の傷は化膿が怖いから傷口を閉じてしまうよりもこのままの方が良いでしょう」と言われて、安心するとともになるほどと深く納得した。と同時に医者の一言で不安を解消してしまう自分は現金な奴だとも思った。
どす黒い血の滲んだ包帯が取れたのは1週間以上経ってからだった。
傷の周りには結構広い範囲に黒いあざのようなものが残った。これは傷による刺激がメラニン色素を生成する炎症性色素沈着という現象らしい。私が痛みを感じているときには私の手もまた痛みを感じている、という事か。