さようなら相模線205系500番台

相模線は11月の車両の入れ替えで、もうこの左右非対称なデザインは見られなくなる。このデザインは好きだったので寂しい。因みにこの車両、デザインは単なる絵ではなく、ちゃんと窓も大きくなっている。中から見るとこんな感じ。

背の小さい子供でも、ここに立つと窓の外が見えるのだ。なんて素敵な形だろう。

相模線はここの所連続して乗ったのだけど、乗ったのは実に久しぶりだった。知らないうちに八王子駅直通も復活していた。こう言う事を知った時、時代は変わるという事を実感する。
しかし、窓から見る景色は昔とあまり変わらない。森の中、段丘の上、工業地帯、田園地帯と、線路から見る風景は変化があり楽しい。

浅川渓谷に行ってきた

八王子にある、ここだけ本格的な渓谷になっている北浅川。夏は近所の子供達の格好の遊び場で、この日も水はまだ冷たいだろうに水着で遊んでいる子供達がいた。実はここは、自宅から歩いて10分ほどの所。奥さんも娘も一度も来たことがないというので、家族で散歩に来てみたと言う訳。

奥さんは翌日、職場の同僚からの「休日はどのように過ごされましたか」との質問に「アウトドアで過ごした」と答えたそうだ。嘘ではないが実情を知っている者からするとかなり誇張されていると言わざるを得ない。

足立区立桑袋ビオトープ公園

ここは、綾瀬川と毛長川が合流する所、そして伝右川のどん詰まりの沼のある公園。沼にはウッドデッキが張り出していて、水辺を観察できるようになっている。

敷地内には、小さな展示施設のあやせ川清流館がある。ここではザリガニ釣りや網による生物の捕獲など様々な体験のイベントも行われていて、私が行った日は春休みらしく、子供達がバケツを使って何かをしていた。

あやせ川清流館には幾つか水槽が飾られていて、中にはここで捕獲された生き物が飼育されている。その中に二つ、クチボソが飼われている水槽があり、一つの水槽の中のクチボソは常に水槽の中にある木の穴の中に隠れて滅多に出てこない。しかしもう一方水槽の中のクチボソは、まるで金魚のように水槽中を自由に泳ぎ回っていた。同じ種類の魚なのにこの差は何なのかと思って職員に聞いてみた所、自由に泳ぎ回っている方は3年位飼っていて環境や人に慣れたとの事。こんな小魚でもちゃんと学習するのは驚きだ。

松戸市立博物館に行ってきた

仕事帰りに、松戸市立博物館を見学してきた。
石器時代から縄文弥生中世近代そして現代と、松戸の歴史が一巡できる構成になっていた。

ここは展示の模型類が良く出来ている。
縄文時代のそれには、村の全景の中に小さい人間の模型が色々置かれて、狩の帰り土器を焼いたり布を織ったりと、それぞれが色々な仕事をしている様子が作りこまれおり、思わずじっくりと見てしまった。

現代のセクションでは松戸市の団地が展示されているのだけどこれは最高に良く出来ていて、感動した。芸術作品と言っても良いのではないかと思う。

充実した心持で表に出ると、縄文の森では竪穴式住居の修復が行われていた。

EF64-1052 拝島工臨返空

ここは浅川にかかる八高線の鉄橋。たまたま通りかかったこの日、鉄ちゃんの方々がカメラを構えていた。しかも、見ているうちにどんどん人が増えて来る。タクシーで乗り付けて来るカメラマンもいた。

知らないおじさんに、ここに何か来るんですか? と聞かれたけど、私も知らない。知らないけど、現場の熱気に押されて結局皆で見ていた。

しばらくするとこの機関車が来て、去ると鉄ちゃんも解散していたので、カメラを構えていた人は皆、この機関車が目当てで来ていたのだと分かった。帰り際の方に聞いたところサラッと、EF64-1052 拝島工臨返空と教えてくれた。工場で作った線路を現場に運び、その帰り道という事らしい。

超素敵な殿ヶ谷戸庭園

国分寺駅にほど近い、殿ヶ谷戸庭園に行ってきた。

ここはもとは個人の家だった所を公園に整備した場所で、つまりもとは個人の趣味を反映させて作られた庭園で、(公園としては)狭い敷地の中にある高い高低差の中に滝から池からランドスケープに茶室にとごた混ぜに、しかし多くの人が自分の庭でやりたいと考える色々な事がまるで手のひらの上に纏めたように上手に構成されている。

この日はここしか行かなかったけれど、もしわざわざ殿ヶ谷戸庭園に行くのだったら、ちょっと東に足を延ばして滄浪泉園にも寄ってみるのがお勧め。こちらももとは個人の別荘宅だった所なのだけど、雰囲気はもっと自然と言うか鬱蒼としていて、池がある私だけの秘密の場所みたいな雰囲気です。

後この辺では東京経済大学の敷地にある新次郎池が、段丘から湧く湧き水の自然な雰囲気があっていい感じだ。そこは大学も市民に開放していて、誰でも自由に入ることが出来る。

豊田に行って侘び寂びを感じよう

上の写真は、京王線の長沼駅の近くから浅川を渡る長沼橋。浅川は大きな川ではないけれど、その割に河川敷の幅が広く、橋も結構長い。車の通りに加え徒歩で渡る人も多く、近所の人にとって生活に無くてはならない橋になっているようだ。

この橋の面白い所は歩道の部分が本物のレンガで舗装されている事で、歩くとカタカタと音がする。昔日野にレンガ工場が有った事に因んでの事かもしれない。この歩道に立って、浅川と湯殿川の合流地点方向に日が沈んでゆく様子を見ていると、何とも寂しい気分になる。

豊田のとなりの八王子は複数線の乗換駅で歴史感のある駅周辺の町の大きさも言わずもがな、また反対隣りの日野も、駅前はロータリーから続く道に店が有ったりと開けている。それに対し豊田駅は、線路の途中に作りましたといった感じがするし、そこから広がる町も独特の雰囲気がある。巨大な操車場が有り、道路は工事中で細い道に入るとあちこち行き止まり。無理して進んでゆくと広大な畑の向こうに富士山が見える。

百草園

先日、奥さんと百草園に行ってきた。

11/6の時点では庭園の銀杏はまだ葉に緑色が残り、紅葉はこれからといった所だった。しかし今年は台風が来なかった事も有り、木々の葉っぱは多く残っている。

百草園はこじんまりとした庭園だが多摩丘陵の高低差がいい。頂上に登ると辺りを見晴らせ、昔から現代といったタイムスリップ感が味わえる。そして、庭園と言ってもざっくばらんにテーブルやベンチが置かれていて、気楽にお弁当でも食べられそうな雰囲気がいい。

昔の個人的な話だけど、私の祖父がまだ生きていた頃、ウチに逗留していた彼がある日百草園に行くと言った。小学生だった私は、そこはどんなに楽しい所なのだろうと考え、是非ついて行きたいと一生懸命せがんだのだけど、家族からは百草園は子供の行くところではないと言われて断られ、凄く残念に思った記憶が有る。

つまらない思いをして祖父の帰りを待ち、夕方に帰ってきた彼にねえ百草園どうだった、と聞いてみたら、いやぁ大したことなかった、と言っていたのが印象に残った。なので当時の自分の心には、百草園は京王線がわざわざ駅を作った程には大したことが無い場所という観念が出来てしまった。

まあ今考えると、色々なところに遊びに行っている祖父にしてみれば造りも手入れも地味なこの庭園は、特に印象的というほどの場所でもなかったのだろうと思う。でも、自分が当時の彼の年齢に近づいた今、改めて行って見るとその肩ひじ張らない親しみやすさはたまに来たくなるラブリーな印象だ。ま確かに小学生が喜ぶ所でも無いと思うけど。

高尾山

遠足の撮影の下見という事で、久しぶりに高尾山に登った。久しぶりと言っても最後に登ったのは自分が小学生の時つまり40年近く前の事で、知っている場所だと思っていた所が来てみたら何もかもすっかり忘れていて軽いショックを受けた。

ここへ来た目的は撮影予定である保育園の遠足についてその下見なので、登りはルートの計画通りケーブルカーを使わず一号路を登る。一号路は頂上までの全ての道がこの写真の様に舗装されており、普通の運動靴でも上ることが出来る。何と言っても保育園児が上る道だ。

とは言え標高599.15m有り、しかもケーブルカー横を登るこの道は結構傾斜があって、やっぱり息が切れた。なので頂上に着いた時はちょっと嬉しかった。

頂上には登山届を入れるポストが有った。自分がやっと登ってきたここは登山者にとっては単なる登山道への入り口だったのだと知り、強いショックを受けた。

サンサンロードは人でいっぱい

昨日久々に奥さんと出かけてきた。

写真のこここ、立川駅からIKEA立川店に行く途中の、以前はヤギが草を食べていた所に出来たサンサンロード。
店が並び立つ地上部から奥まって続く階段を登ると空中庭園が造られた二階デッキに行くことが出来る。二階には階段状の川が流れていて、大勢の子供たちが入って遊んでいた。

作られた統一感とソリッド感を全面に押し出した空間構成は20世紀末のテクノミュージックが似合いそうなカッコよさだったけど、近くにある窓に大きくカラフルに印刷された文字を掲げて看板代わりにしている職安のビルのダサさも20世紀末っぽくて心が休まる。

たましん美術館はクーラーが効いて涼しかった。